三国志演義では、すごい諸葛孔明ですが、実際はどうだったんですか?
並以下と言うことはさすがにないですね。軍指揮官としても有能
でした。
ただ演義と違い、どちらかと言えばその軍事行動は非常に手堅い
ものであり、奇襲や急襲、知略などを用いるようなタイプではない
ですね。統率力で軍をまとめ、敵を打ち破るタイプ、と言ったら良い
でしょうか。
軍の統率と言うのは例えば旗をこう振ったらこう動く、とか軍鼓を
何度ならしたらこう動く、と言うように決め事を作って、その指示に
従って動くものです(そうでなければ数千、数万の大軍を自在に
動かすことは不可能)。そう言う領分は諸葛亮にとっては得意分野
であり、一つ一つルールを決めて己の意思通りに軍を動かしていた
のだと思います。
ただし、想定外の事態が発生した場合、または機略知略を用いて
敵軍に奇襲をかけたり計略をかけたりする場合はそう言う決めごと
から外れることも多く、その場合は冴えがなくなります。
応変の才略は得手ではないのだろうか、と陳寿が言っていますが、
そこは諸葛亮にとって得手ではなかったと言うことでしょうね。
同時代を代表する曹操との比較では軍の統率力は曹操と比べて
もひけを取らないと思いますが、知略面では及ばない、と言う感じ
でしょうかね。総合的に見ても曹操よりは少々劣るかな、と言う所
ですね。
政治では三国志最強レベルでしょう。軍事も演義ほどではないですが、なかなかのものを持った人物だったようです。
かなり有能な政治家兼行政官であり、内政を固め国を繁栄させることに秀でた人物ではあるが、軍事、戦術指揮官としては並以下であったと正史には記されている。
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